A LOVE STORY (笑)
マイケル・ムーア監督の新作『キャピタリズム/マネーは踊る』(imdb)を観る。
「銃社会」「911と戦争経済」「医療問題」ときて、いよいよ「資本主義」である。たいへんである。相手が大きすぎ複雑すぎるので、敵の顔が見えにくい。そこでムーア監督は、ときに意図的な単純化を図る。ときには意図的じゃなく実際に監督が単純なだけなのかも知れない。悪役として、ジョージ・W・ブッシュやアラン・グリーンスパンをはじめ、証券会社やメガバンクから米国の政権中枢入りした極悪人連中(レーガン政権以降、こんなにもうじゃうじゃいたとは!)の顔が、スクリーンにさんざん映る。金融企業への公的資金投入に反対する議員が、議会で「ここはアメリカの議会なのかそれともリーマン・ブラザーズの役員会なのか!」と激昂して叫ぶ映像は、確かにショッキングだ。
アメリカって…もはや「国家」じゃないよね。少なくとも、僕が学んだり考えたりした意味ではもはや国家じゃない。じゃ何なんだろう。
そしてもしかするともしかしなくても、日本にとってこれは他人事じゃないのだ。
これが上述した連中だけを悪者にして済むような話ではないことは、もちろんムーアもわかっている。敵はシステムなのだから。だからムーアは、中産階級の消滅(これも単純化ではあろうが)とともに生まれた「95%の貧困層」の選挙権の行使に期待をかける。そして間のいいことに、あるいは悪いことに、この映画を作っている最中に、バラク・オバマが大統領になる。ムーアもそれを喜んだことが画面から伝わってくる。けれど、これで事態はよいほうに向かうのか?
敢えて突っ込むなら、矛盾がひとつある。選挙権の行使に期待をかけるためには、民主主義が健全に機能しているという前提が必要だろう。しかしムーアは同時に、崩壊している民主主義を回復しなければならない、とも語るのだ。もちろん、言葉尻で彼を批判しようなどと思っているわけではない。それくらいテーマが複雑なので仕方がない。鶏と卵みたいなところもある。
今回のムーアは、とても疲れている。おなじみのアポなし突撃取材も、ウォール街でのシニカルなパフォーマンスも、すべて空振りに終わる。悲しいほどに空振りばかりだ。けれどその代わりというわけでもなかろうが、この作品では得意の「編集の技」をかつてなかったほど堪能させてくれる。銀行ローンのTVCMにゴッドファーザーの音楽を流したり、キリストが登場する映画をまったく違う吹き替えで見せたりするところは、ひきつり笑い必至のおかしさだ。
終盤近く、第二次世界大戦中に収録されたルーズベルト大統領の政見放送のフィルムが流れる。すべての国民が職業選択の自由を持ち、そのことによって最低限の生活が保障され、すべての国民に教育と医療の機会が保障される国家を目指す…それこそが国家のセキュリティというものだ(うろ覚え大意)、とルーズベルトは語る。人種差別主義者としてのルーズベルトは大嫌いだが、ここで言っていることはまったくもって正しい。
ちなみに僕は、「自分だけが良ければいいと考える人間はひとの上に立つべきでない」という倫理観を持っている。僕自身、組織のなかで仕事をしながら天下国家のニュースもまあ読んでいるわけで、すると自分の倫理観と現実のあいだのあまりにも馬鹿げた巨大な乖離を、そう毎週3回くらいは思い知らされる。僕の倫理観自体が「あまりにも馬鹿げ」ているのだと思いこみそうになる。
それでも、例外はあると信じたい。
マイケル・ムーアも、まだ信じるつもりでいるらしい。
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