ボラット
というわけ(→拙ブログ記事)でサシャ・バロン・コーエンがたいそう気になるので、『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』(imdb)を観てきた。
コーエンが、カザフスタン国営放送のリポーターのボラット(もちろんウソ)になり切り、アメリカを突撃取材して回るという趣向の…コメディ。ですよね、たぶん。差別ネタが多いことは事前に聞いていたし、もちろん差別ネタで上手に笑える自信など僕にはないので神妙に観たのだが…実際クスリとも笑わずに最後まで神妙に観てしまったよ。
なんだろうなこれ。
劇中で本当にだまされているひと(いわばドッキリネタ)と、仕込みの演技は、わりと見分けがつく。全体としては、たまにドッキリ取材を交えた、アメリカ横断ロードムービーといった趣き。
なんだろうなこれ。
おかしいわけでもつまらないわけでもなく、ただただ不思議な哀愁とやり切れなさだけが残る。
笑え。笑え。笑えるもんなら笑え。
誰が誰をだましている?
誰が誰を愛している?
だいたい、なんでこんな映画作ってんのよ。予定調和と呼ばれるものの対極がここにある。まわりくどいけど、ほめてます。感心しています。
度の過ぎたユダヤ人差別ネタを、カザフスタン人のフリをしたユダヤ系イギリス人が、アメリカの地でカマす。
実は本人がユダヤ人なんですてへへ、というのが本来はオチのはずなのだが、自分がユダヤ人だからって何やってもいいのかよコノヤロ。という罵声を、このひとはとっくに予想済みなのである。
オチないのだ。永遠にオチないのだこの映画は。じゃ、なんなんだこれ。
サシャ・バロン・コーエンは逃げ続ける。笑いというものはどこかでオチるはずだ、という観客の期待から逃げ続ける。相対化の無限地獄に飛び込む覚悟があるらしい。これは相当な勇気だと思う。
気になるひとだ。
ほんと気になる。
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