近しいひとと。大きすぎる世界と。
先週は、近しいひとと楽しく飲んだ。これから少し、遠くへ行くようだ。でも、たぶんずっと近しい。
話は変わって。
最近は、観たけどとくに感想ないやと思ってしまう映画が多くて、それは本当に世の中の映画がつまらなくなっているのか年齢のせいで僕の感度が鈍っているのかあるいは僕の関心事や心配事が映画以外に多すぎるだけなのか。まあ、全部当たってるような気もするな。実は観てからかなりたつのだけれど、書くほどの感想ないやと思った映画のひとつに『ウォッチメン』(imdb)があって、なんとなくロールシャッハ(イギリス人原作のアメコミ映画なんだから本当はロールシャックでしょうけど)というキャラを演じたジャッキー・アール・ヘイリーの佇まいはとてもよかった、ということだけでも書いておこうかと思い立つ。なんで思い立つかな自分。
ところで1986年に書かれたという原作は未読なんだけれど、このストーリーって(ああ、以下ネタばれます)延々とキャラクター描写のためだけの遠回りをするけれども、アイディアはひとつしかなくて「冷戦を終結させるには東西共通の敵を捏造するしかない」そして「そのことは一般市民に知られてはならない」という、あれアイディアふたつか、まあいいやそれだけだと、思う。ただ、それ(のひとつめ)って「宇宙人でも攻めてくれば冷戦は終わる」と当時はフツーに言われていたクリシェの変奏に過ぎなくて、1986年にはそりゃテーマになり得ただろうけれどそれを2009年に映画化するってどういう意図なんだろう。僕が勝手に呼ぶところの「米流終末映画」の類がついにネタ切れになって古いアメコミを引っ張り出してきただけなのか。3万人を殺して10億人を救う(言ってる数字は違ったかも)という発想のアクチュアリティは、とっくに冷戦後なのにそれでも戦争の悲惨が終わらないこの現在、まったくない。全然ない。イラクとアフガニスタンで非戦闘員が何人殺されているか、誰か知ってますか。あるスーパーヒーローが別のあるスーパーヒーローをその共通の敵に仕立て上げるのだがその悪役に仕立てられたヒーローがあっさりそれを受け入れるのがおかしくて、だったらまわりくどいことやってないで勝手にチームで相談して最初からそうすればいいんじゃないのか?ところでニクソンには相談したのかお前ら。といったぜんぜん答を知りたくならない疑問だけが残る。
それよりも911陰謀論者の僕としては「そのことは一般市民に知られてはならない」というふたつめの部分には多少関心が持てる。まあ『ダークナイト』(→拙記事)と同じ愚民思想、知らしむべからず寄らしむべしがそこにあるわけだけれども、この映画はたったひとりそれに異を唱えて、まあフツーの人間にも知る権利があるんじゃないのとナイーヴに主張して仲間の手にかかって血飛沫と散るロールシャッハというキャラの存在のおかげで、「『ダークナイト』よりあとに作ったくせに『ダークナイト』以下ですね」となるのをかろうじて免れている。そのロールシャッハを演じたのがジャッキー・アール・ヘイリー、素顔を見せる場面は少ないけれども鮮明な存在感を残す。
ところで『ドーン・オブ・ザ・デッド』『300〈スリー・ハンドレッド〉』に続いてたった3本で超メジャー監督になったザック・スナイダーだが、映像技巧派なのは改めていやほどわかった。果たして監督自身に「思想」があるのかどうかはどうにも測りようがない。たぶんメタフォリカルなつもりの性愛描写(ちなみにすごく多い。PG-15は甘すぎるくらい多い)がいちいち幼稚で下品なので、頭のなかはお子ちゃまなのかも知れない。
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